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020 黄金のパヤと微笑の国
  
   黄金のパヤ(仏塔)と微笑の国、それがビルマ(ミャンマー)。子供も大人もお年寄りも、誰もがどこでも素敵な微笑みを持っ て出迎えてくれる。日本の都会ではいつの間にか、だんだんと、どこかへ置き忘れてしまった微笑み、ここではごくありふれ たあたりまえのこと…。日本では、いつの間にかに失われてし まった古き良きアジアの原風景を、今も色濃く残こしているビ ルマを訪れて見ることにしよう

    ビルマといった方がピンと来る向きがまだまだ多いかも知れない。歴史を紐解くと6世紀の古代王朝に端を発し、雲南より南下したビルマ族、そして11世紀を前後してパカン王朝の盛衰とモンゴルの襲来。二つのビルマを経てタウングー王朝による国家統一とタイアユタヤの攻略19世紀のイギリスによる侵略と支配、その後の日本による侵略。その時に建設したのが泰緬鉄道、ビルマを題材とした文学「ビルマの縦琴」が思い出されるであろう

   バンコクで乗り継ぎヤンゴンに降り立つ、冬の日本から来た私には一気に真夏の様な暑さだ。イミグレの前ではガイドのティンさんがにこやかに待っている、期待と不安が錯綜する。あわただしくホテルへ荷物を放り込み、シュエダゴンパヤへ向かう。黄金に覆われたパヤ、ライトアップに映えとても綺麗。日中の暑さを避け沢山の参拝客、満月のお祭りまで暫くは終夜の祭事が続く。お参りと誕生曜日の仏様へもお供えとお祈りをして帰途につく。流れて来るリズミカルなお経を聞きながらいつの間にか眠りにつく

   6時過ぎのパカン行きの飛行機、人数が揃ったので定刻前に適当に離陸する、とてもアバウトだ。悠久の時を刻むイラワジ(エーヤワディー)川を望み赤い大地の上を進む、鉄分が多い土壌らしい。パカンとはポルブドゥール、アンコールワットと並び世界3大仏教遺跡の一つ、当然世界遺産級だがここビルマでは一つも認定されていない。パカンでは11世紀より建造された2,000を超えるパヤやお寺がゴロゴロしている、どこを向いても遺跡だらけだ。主だった幾つかの遺跡を回る、黄金のシュエズィーゴンパヤ、白く美しいアーナンダ寺院、未完成のダマヤンヂー寺院、フレスコ画が残るスラムニ寺院、ぎゅうぎゅう詰めのマヌーハ寺院、パカン一高いタビィニュ寺院、壁画が見事なグービャウッヂー寺院、唯一のヒンドゥー寺院のナッフラウン、完成すると国が滅ぶと言われたパカン王朝最後のミンガラーゼディはさしもの軍事政権も修復せず未完成のままだ。また、漆工房にも立ち寄る。埃が充満するこの地では日本の様に繊細な物は出来ないが、かえって手作り感があって好感が持てる、すべてが手作業だ

   食事は自ら望んで毎日現地の料理を食べた、一言でいうととにかく油っぽい、ご飯(長粒米が多い)以外はほぼ全ての料理が沢山の油でしつこいが、シャン料理は比較的に馴染み易い。シュエサンドーパヤからパカン平原に沈む夕日はすばらしい、黄昏のイラワジ川も悪くない。中州では川砂利を採って生活をしている家族に話を聞く、1日働いても1,000チャットにも満たない、夫婦でどんなに頑張っても月に数千円程度の稼ぎ、それでいて子供が3人も4人も居て、でも悲壮感など無く皆いきいきとしている

   早朝の熱気球に乗る、夜明けの遺跡群は幽玄だ。昨日走り回って見学した遺跡たちが、今は手中の箱庭でぎっしりと。朝食後にポッパー山へ向かう、平坦な道が1時間も続いた後にようやく登り始める。麓では町を挙げての「得度式」が今、まさに行われている。ビルマの男子は生涯に1,2度は出家するものだがその儀式のことを指す、個人的な行事なので出会えたのはとても幸せだ

   話しは戻るがポッパー山とは火山の火道が残って出来たと思われる奇岩だ、800の石段を登り頂きには土着宗教のナッ神が祀られている寺院が並ぶ。パカンへ戻る道すがらヤシの木の樹液から精製する砂糖やお酒の工房に立ち寄る、樹高が20mもあろうかと思われるがひょいひょいと登って壷を交換する、見守る方が心配顔だ。夜は操り人形のショーを見る、操り人形は11世紀に始まるビルマのお家芸なのだ

   マンダレーでは1.2Kmも続き160年前に作られた木造のウーベイン橋、1,000人もの僧侶が修行するマハーガンダーヨン僧院、王朝最後の王宮、700もの経典を収めたクドゥドーパヤなどを回る。MINTHARシアターにてビルマの縦琴の音色に耳を傾け、民族舞踊に感嘆する、すばらしいショーにもかかわらず他に客が無く貸し切りだった。マンダレーヒルからの夕日は心が和む。話は変わるがビルマでは今も日本製のオート三輪が疾走する、バスもトラックも乗用車もほとんどが日本製、ニベアもネビアと言って大人気、これほど日本の製品を大切に丁寧に使っている国は他に類を見ない。ザガインではビルマとしては珍しい半球状のカウンムードーパヤに寄る。ザガインヒルのサンウーポンニャーシンパヤからの眺めは良く、先ほど渡った架け替え中の新旧インワ鉄橋や遠くマンダレーを望む

   ヘーホーへの移動日に最初の事件が起こった。ホテルで支度をすませ、さあ出かけようと思った時、今日も恒例の停電。やむなく鞄を持って階段を下りる、待ち合わせの時間を過ぎてもティンさんが来ない。痺れを切らして待つことしばし、ようやく階段を下りて来た、何とエレベーターで缶詰だったとのこと。日に幾度も停電するビルマ、改めて日本の便利さを痛感する。飛行時間15分程度の距離を飛行機で移動する、距離はさほど無いが道路事情が悪く車ではかなりの時間を要すからだ。空港からは車に乗り、途中シュエニャウンの市場に寄る、中国製品がにわかに増え民族も入れ替わる、やはり多民族国家なのだ。似たような地名のニャウンシュエからはボートに乗りいよいよインレー湖の船旅

   足で艪を漕ぎ水上生活を営むインダー族が多数を占める高原の湖、日本で言えば軽井沢の様な避暑地で過ごし易い、昨日までの暑さがうその様に感じる。ガーペー僧院ではネコが輪くぐりの芸を披露し、ファウンドーウーパヤでは金箔が貼られ過ぎて純金雪ダルマと化している仏像がある。また、首長族で有名なパダウン族にも出会える。浮島にある畑や家々へ沈む夕日を船上から眺めながらホテルへと急ぐ。夕食後には他のお客のオーダーにあやかって民族ショーを見る、またまたついている

   剥き出しの朝のボートは寒く、早く着かないかと景色もそぞろだ。今日は更に奥地に向かう、パオ族の聖地カックー遺跡へと向かうためだ。ちょうど今晩が満月、今日までが全国各地でお祭りが続く。途中でパオ族のガイドを迎え何と私一人にティンさん、運転手さん、そしてパオガイドの3人掛りとなった。パオ族の家は停電以前に電気が無い、炊事はガスなんてあるわけもなくマキ、水道も勿論ない、さらに窓も無かった。道中、荷物ならぬ人を満載したトラック、バス、中国水牛(耕運機に荷台付けたもの)、馬車に牛車にもちろん徒歩も、皆こぞって祭りへと向かう。鉄道もあるが日に1本、蒸気機関車も健在だ。とにかく年に一度のお祭りを皆とても楽しみに大切に守っている。ここカックーでも二千を超える仏塔が並ぶ、遺跡とお祭りを見てパオの人とのふれあいも沢山あった。夜にはタウンジーへ戻りパオ民族記念日のお祭りへ行きショーを見る、みな美人揃いだ

   次日はチャイティーヨへの移動日、ここで2つ目の事件が起こる、焼畑などの煙害で飛行機が飛ばない、周辺ではタイのアユタヤなども同様だ。荷物を預けて近くの食堂へ行く、食事をしながら近隣でガイドをしているという方と話しをしていたら、何とご馳走になってしまった、他にも家に遊びにおいでと言ってくださる方もいたし、ビルマではお客をもてなす心がとても強い。1時間余り遅れたが何とか飛行機でヤンゴンへ戻る

   これからバゴー経由でチャイティーヨまで車で行くわけだが、遅れはバゴー観光をカットしてカバーする。4時間余りを掛けようやく麓のキンプンへ着き、トラックバスへ乗り換える、ヤテタウンからはいよいよ登山が始まる。登山靴を履く様な本格的なものではなく、日本でも金比羅宮という海の神様を祭る神社があり、そこでは沢山の石段と一時間足らずの登りがあり、昔ながらの駕籠に乗って社殿へ向かうことも出来る。ここチャイティーヨでもまさに同様で1時間程を掛けての登りがあり、若者4人が担ぐ駕籠で行くこともできる。参道では乾きを潤す飲み物やスィーツのお店、お供え物やお土産屋さんが並ぶ。景色を楽しみながらゆっくりゆっくりと歩くこと1時間、ほどなくゆるやかになり山頂に到着する

   ここはビルマ人にとって一番人気の聖地、頂上には今にも落ちそうな大岩がありパヤが祀られている、ここでも金箔が貼られてゴールデンロックと呼ばれている、3度お参りをすると幸せになると言われていて老いも若きも皆着飾って参拝する。夕映えのゴールデンロックはとても神秘的だ、お供え物を捧げ金箔を貼りパヤにお祈りをする。夜の帳が下りたころライトアップされたゴールデンロッ眺めながら回想する、最後の夜を愛しむかの様に。ビルマの人々は皆、暖かく優しい。生活は不便かも知れない、しかし心はとても豊かだ。一方、日本ではどうだろか、自身さえ良ければとか拝金主義等々、豊かな国と胸を張って言える状況とはとても思えない、今回の旅は改めて色々な面で考えさせられるものであったに違いない

   帰国日の朝、日の出の頃に散策をすると、すでにお参りを済ませた人がどんどんと下っていく。私も朝食の後に続く、さすがに下りは楽だ。途中、バゴーにてビルマの縦琴で語られたシュエターリャウン寝仏だけに寄る、残りは次回の楽しみとしよう。ヤンゴンでの昼食、今回のツアーでお世話になったニンさんも来て3人で大いに盛り上がる。残り少ない時間でボージョーマーケットなどを回り帰途につく、また何時か来ようと心に誓いながら。

あとがき
    ビルマを廻るを廻る旅にあたり、改めてガイドのティンさんと、サポートしてくださったニンさんにこの場をお借りしてお礼を申し上げます、ありがとうございました。

   一番のお勧めスポットとしてはパカンの遺跡群、ちょっと高価ですが熱気球へ乗っての見物は特にお勧めします。乾季にしか飛ばないのでPLGへ事前にご確認ください。
   
    最後になりますが、読者の皆様も是非ビルマへ行ってみてください。そこにはアジアの原風景と暖かい心、そして沢山の笑顔、それと素敵な景色が貴方のお出でを待っているはずです



 

黄昏のエーヤワディー川

バガン.ルビートゥルーホテルのスタッフのショー

ザガインのウミントンゼパヤ

バゴーの寝釈迦様





シュエーダゴンパヤの美しい夜景
ビルマの竪琴
バガン展望

仏様の弟子になれる得度式

バガンの操り人形

アマラプラのウーペイン橋

パダウン族のダンス
カックパヤの遺跡群

夕映えのチャイティーヨパヤ



writtien by A.K