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007 ミ ッ キ ー マ ウ ス の 住 む 列 車

 幸いにも列車の脱線事故に遭遇したことがないので、それがどの程度のものなのかは想像の域を脱することができないが、この揺れ方は線路の上をちゃんと走っているのかどうか疑問である。
 マンダレーエクスプレス ――― ヤンゴンとマンダレーを約16時間で結び、一日に6往復ほど運行されているミャンマー国鉄ご自慢(?)の急行列車だ。機関車に連結された客車は、普通車にあたるオーディナリークラスとグリーン車にあたるアッパークラスに分けられ、外国人は料金がべらぼうに高いアッパークラスしか乗ることができない。
 アッパークラスの車内は一人掛けと二人掛けのリクライニングシートに分かれ、椅子のサイズも大きくて足をゆったりと伸ばせるほどに座席幅も広い。空間的には豪華列車のように思えるが、いえいえどうしてどうして…
 まずは椅子だ。
 ほぼフラットにまで倒れるリクライニングシートは、夜行列車で睡眠をとるには申し分ない角度だが、自分一人ではその角度を調整することができない。背もたれを倒すワイヤーがほとんどの椅子で壊れているのだ。よって、夜も遅くなってくると車掌が3人やって来て、力任せに座席ひとつひとつを倒していくのだ。クッションもボロボロでスプリングの飛び出した椅子もあれば、肘掛の鉄板がめくれ上がっているものもある。ケガをしないように注意してすわる必要がある。
 そして窓。
 冷房が無いので窓は全開にされており、風が車内を吹き抜けている。日中ならばその暑さをやわらげてくれるのに丁度良いのだが、流石のミャンマー(ビルマ)でも一晩中この風にあたっていると寒い。ウトウトと眠っていても、バタバタとカーテンを揺らす風の寒さに目が覚めてしまう。そして時折、激しい音とともにギロチンのように窓が落ちてくるのだ。止め金が壊れているので揺れに合わせて激しく閉まるのだ。場所によっては全く開かない窓もある。夜中はそれでも良いが日中は暑くてたまらない。
 トイレにも難ありだ。
 扉がちゃんと閉まらないので、バタンバタンとうるさい。便器も壊れている。
 そして極めつけはネズミだ。
 車内を動き回る多数の黒い影… よく見ると車内狭しとネズミが大運動会を開いているのだ。眠っていると噛まれそうで怖い。
 
  午後6時半、金網越しの多くの人々に見送られて第15号急行列車はヤンゴン中央駅を静かに出発した。激しいスコールの中を動き出した列車は、しばらくは歩いた方が早い速度でゆっくりとヤンゴン市内を走行する。そして郊外までやってくると速度を上げるのだが、ここから驚くほどの揺れが始まる。上下左右に激しく揺れ動く車内に、
 (この列車は線路の上をちゃんと走っているのか?)
 と疑うほどである。どんなに急カーブの続く山間部の路線でもここまでは揺れないだろう。まるで、いつまでも続く巨大地震が起きたと言った感じだ。
 こんな激しい揺れとネズミの大運動会の中、ミャンマー人は何事もないように平然と食事をしていた。
 外の景色は人工的な灯かりが全く無く、いつしか止んだスコールに代わり、月が雲間から見え隠れしていた。そしてミャンマー(ビルマ)の大地がその薄明かりに浮かび、幻想的な風景が後ろへと流れていった。
 列車はいくつも駅を通過した。
 それらはどれも木造の小さな駅で、裸電球の柔らかで温かみのある光に包まれていた。
 早朝、ターズィー駅に到着した。
 物売りが一斉に列車を取り囲む。
 串焼きや果物、もち米、ジュース… 籠に商品を入れて列車の窓越しに行商を始める。カメに水を入れて売り歩く子供たちも多い。この水は飲めないこともないようようだが、日本人は一発で下痢をしてしまうそうだ。現地人も主に手を洗うために彼らから買っていた。
 第15号急行列車は途中、信号無視によりあわや貨物列車と正面衝突しそうになったが、それでも順調にどこまでも広がる原風景の中をマンダレーへと進んで行った。
 マンダレー駅に到着したのは、予定よりも3時間以上遅れた正午近くだった。
 新幹線のように快適で清潔で時間に正確な列車も良いが、どこか人間臭いマンダレーエクスプレスもたまには良いものである。アジアそのものを実感できる乗り物だ。

written by ぽから篤さん
photo by ぽから篤さん
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